Wednesday, October 7, 2009

<共犯者たちのクロスロード‐偶然の虚構性>③

 レストランに着き、しゃれた内装を仄かに漂わせる旧式のノブを引くと、古めかしいがどこか家具製作の本場イタリアらしい凝ったドアとよくマッチしたシャンデリアとランプが所々柱に掛けてある内装の店だった。沢柳は一時に指定してきたが、腕時計を見ると未だ約束の時間まで十二、三分あった。私はカウンターからやや奥まった場所に腰掛け、メニューを見ると中年のウェイトレスが来て、
「何になさいますか、お決まりになったらお呼び下さい。」
と言ってカウンターの方へと引っ込んだ。店内は比較的スペースはゆったりとした感じだった。外から見るよりはずっと広かった。その時気がついたが、フニクラフニクラとイタリアの民謡がかかっていた。私はウェイトレスを呼び、コーヒーを頼んだ。暫くしてコーヒーが来てそれを飲もうとしていると、ドアの音がして自分とそっくりな顔をした沢柳がこちらに笑顔を示しているのが確かめられた。
「やあ、お待たせ。」
と沢柳は言いながら、私の座るテーブルの向かいに腰掛けた。
「どのくらい待ちましたか?」
と彼が言うので、私は腕時計を見て、丁度三時十分くらいだったので、
「いやあ、さっき来たばかりですよ。」
と嘘をついたが、まあ十分くらいの遅刻でとやかく言うのも大人気ない。
「さて、本題を申し上げましょう。そのまま飲みながら聞いて下さい。」
沢柳はあまり時間の余裕がないからか、いつもそうやって結論を急ぐタイプに思われた。そういう日常から脱却したくて私は彼の依頼で何もせずに一日室内にい続ける仕事を引き受けたのだ。しかし以前は自分も、今彼が忙しないタイプと思われるような生活だったのだ。しかし一旦それまでの一年間のような生活に慣れれば慣れたで、それが自分には最も性にあっていたのだと今更ながらに、自分の順応性に驚いてもいた。しかし彼の口から出た言葉は意外なものだった。私たちの会話は次のようなものだった。
「どうでしたか?一年間精神的にはどういう感じで過ごされましたか?」
と彼が聞くので、私はやはり高額な報酬を何もしないて得ることが出来た一年間だったので、
「いやあ、結構それなりに楽しめましたよ。」
とだけ言って沢柳が次にどんな言葉をかけてくるのか待った。すると彼は続けた。
「私は時々あなたのことを監視カメラで撮ったものを見させて頂きましたけれど、基本的には私はあなたのお人柄を信じていたので、全部チェックなどしていたかったのですが、かなり何か文章をお書きになられていたようですね。」
と彼が質問してきたので、私は
「ええ、これまで仕事以外ではあまりそういうことをすることもなかったのですが、初めて自発的に自分自身を見つめることをしたい、とああいう特殊な時間の中で考えまして、それは私の中のもう一人の今まで知らなかった自分との出会いでもありました。」
と柄にもなく哲学的なことを彼に述べている自分に再び驚いた。すると沢柳は
「それは羨ましい限りですね。私は本当にもう、最初は自分で作った会社なのに、今ではすっかり部下たちが勝手に動かして、私はただ一日座っていたり、日本国内ではハンコウを押したり、アメリカではサインをしたり、交渉に行ったり、財界人や政界の人たちと会食につきあわなくてはならなかったり、それなりにぎっしりスケジュールは詰まっているのですが、私はそういう日常から全然違った視点を得たいと常々思っておったのですよ。どうでしょう。私とあなたは瓜二つだ。一回一年契約で私と入れ替わってみませんか?」
遂に来たという感じも、実は後から考えるとあったことはあったのだ。と言うのもこの男沢柳はその業界では知られた男であることが私はあの奇妙な業務をし始めてから、二ヶ月くらいたった頃ネットで調べて私は知っていた。しかしアメリカは彼くらいの実業家は五万といるのだろう。だからそういう激烈な市場競争の中で、彼も一人の孤独なビジネスマンであるに過ぎなかったのかも知れない。しかし私はその時は意表を突かれて
「しかしまた何をおっしゃられるかと思っていたら、一体それはどういうことですか?」
と私は礼節を失わない程度に慇懃無礼にそう聞き返すと
「実は私は今の生活を一回変えてみたいとずっと思っていたのですよ。そこでどうでしょう。私が指導いたしますから、私の言う通りに行動を採られて、一年過ごしてみる気は御座いませんか?」
私はその時一回深呼吸をして自分の気持ちを整えた。そして再び聞き返した。
「そう言われましても、私は社長のような業界のことに関しては全然知りませんからね。」
すると沢柳は笑顔を示しながら
「全く御心配には及びませんよ。あなたはしっかりとした方でいらっしゃる。つまりあなたは忍耐力と創造性に富んだ方だと私はお見受け致しました。」
そう言うと、私が困惑している表情を和らげようとして再び間を置いてから
「私は日々情報の渦の中におって、数値だけが踊り狂う世界に生きてきたんです。そこで私費であなたにちょっと変な仕事をして貰ってきたというわけですよ。つまり全ての情報をシャットアウトすることで、しかもそれを長期間過ごすことでその人間にどんな変化が訪れるものなのか、それも知りたかった。しかしどうもあなたを見ていると、健康そうだ。あなた御自身も、どうやらそういう退屈な時間を過ごすのに、工夫なさって充実した時間に変える力もお持ちになられているようです。そういう意味で私はあなたなら一年くらいなら私の替え玉として生活されても大丈夫だと踏んだんです。」
と悪びれもせずに沢柳はそう一気に捲くし立てた。
「どうでしょう。私は明日あなたに誰にも知らせていない山荘に来て頂いて、そこで私の部下のプロファイルをお見せしますし、私の日常的な業務内容も細かくお教え致します。それを踏まえてあなたの一存でこれから一年だけ私の替え玉として生活なさって頂きたいのです。」 
あまりにも突拍子もないことを言い出す沢柳に対して私は肝心のことを問い糺そうと思ったのだ。
「では社長さんはどうなさるのですか、その間。」
 しかし後から考えればその口調は既に沢柳の策謀に加担することを表明したも同然のものだった。すると沢柳は
「私は以前からずっとあなたのことをカメラで時々見させて頂いて、憧れておったんですよ。つまりね、何にも考えないで過ごすことの人生における貴重さというのかな、それを私も欲しくて、それに私にはずっとしたいと思っていたことも他に沢山あったんですよ、それを全部犠牲にして今まで生活してきたものですから。」
しかし私はそれ以上社長のプライヴァシーに差し障ると思って聞くことをよした。それにしても正直言ってまさかそういう展開になるとまでは予想していなかった。しかしこれで沢柳が自分とそっくりの私を雇った意味は判明した。つまり私の顔が彼とそっくりであるということで親近感を抱いて私を雇っていたのではなく、あくまで彼は自分とそっくりの男を雇うのでなければ意味がなかったのだ。そして彼の目論見は成功したということになる。私がそれ以降巧く替え玉を演じ続けられる限り。
 
 翌日私は社長に昨日帰宅後にメールで指定された昨日のイタリアンレストラン(結局コーヒー一杯でその店を私は後にした。社長も何も注文せずにあれからすぐ私と一緒に店を出てそこで別れた)のすぐ脇の駐車場の路上にいた。社長からのメールだと十一時にそこにいてくれれば、ほどなく車で迎えに来てくれるとのことだった。そこから彼の隠れ場に直行することになっている。私はこういう展開になるとは思いも拠らなかったが、同時にどこかではそういう展開になっても面白いという気持ちも手伝って、ああいう仕事を引き受け、その契約終了後も社長に呼び出されたらそそくさと出向いて行ったのに違いなかった。人間には好奇心というものに誘発されて出る行動も多分にある。そしてその誘惑がよく作用することもあれば、全く逆の場合もある。今の私は一体そのどちらなのだろう。そう思った。
 社長は私が駐車場に着いた時刻である十時五十分から少したった、十一時二分くらいに今度は比較的遅刻せずにその場に四駆で現れた。クラクションをしたのですぐ分かった。昨日はあまり人通りの少ない路地にあるレストランで、しかも昼休みを取らない店で一番客の入りの悪い時間帯だったので、素顔で現れたが、その日はサングラスをしていた。未だその駐車場付近は人通りが多かったからだ。そして私は社長に促されて助手席に乗った。車を出すと社長は車を東京都に向けて走らせた。比較的その時間帯渋滞には巻き込まれずに済んだ。都内に走らせてからほどなく青梅を抜けて、道路は曲がりくねった感じになってゆき、臼杵山を左にと馬頭刈山を右に挟まれた山道を抜けていくと、秋川渓谷付近を通りかかり、やがて右に臨める檜原村諸共、甲武トンネルを背にして東京都共々別れを告げると、山梨県上野原市に入った。そこをまっすぐ行くと三キロほどでY字路に突き当たり、それを右折すると左に鶴川を見下ろし二十キロ弱走ると、小菅村に入り、左折すると葛野川ダム及び深城ダム方面である。しかしそちらへは行かず、鹿倉山を前方に臨み、更に三キロほど行くと沢柳は左折した。そちらは白糸の滝方面である。更にその向こうは雄滝である。右にサカリ山を臨みやや行くと近辺には何も人家らしきものは見当たらない感じの県道になり、その道で白糸の滝にまで行かない手前で地図にも出ていないくらいの細い山道に入った。そこからほどなく鬱蒼とした茂みの中腹に小さな山小屋が見えた。そして沢柳は私をその玄関下に停めた車から私を降ろし、山小屋の玄関に行き鍵をポケットから取り出し中へ招き入れた。中はあのレストランの時の印象と同じで、意外と広く感じられた。
  室内には小さな暖炉があった。そしてその上方に額縁入りで油彩画が飾られてあった。見たこともない画家の作品だった。しかしよく田舎の民宿にあるような安い風景画ではなく、程よいセンスのコラージュ風で半抽象的装いの風景画であり、山と川が描かれているということだけは理解出来た。山小屋の内部は洒落た感じの山荘のようだったが、ふとベランダの方を見ると、外には薪が積んであった。恐らく中の暖炉のために沢柳が集めてきたものだったのだろう。
 沢柳は中に私を入れると徐に押入れから何かを取り出そうとし始めた。それを見て私は押入れの奥の方に手を突っ込んで取り難そうにしている彼を手伝って、手前に入れてあるものを一旦取り出し、奥から社長が取り出そうとしているものに手が届き、それを彼が手前に引っ張り出して外に出たら、それまで出していたものを再び元の場所に戻した。沢柳は自分で取り出したファイルを私に見せ
「こいつはあなたに私になり代わってもらうために必要なあなたが覚えるべき事項の全てが載っているんです。」
とそう語った。そしてファイルを開いて
「これが私の部下たちの顔写真です。」
と言って最初のページに挟まれた顔写真を私に示して
「これが副社長のジェームス・クラーク、四十三歳です。この男は趣味がゴルフ、絵画コレクション、そして中国陶器コレクションです。そしてこの男はあなたが社長になったら、いつも傍にいてくれると思いますが、もう一人の副社長のマイケル・ストーンランド、三十八歳です。会議では常に司会もしています。私たちの社では毎月一回は課長クラスまで全員出席する会議を行っているのです。」
そして彼は次のページを捲り、
「これが日本支社長兼本社専務の川上節夫、五十歳です。この男は趣味がワイン、切手収集と世界中の警察官のバッジを集めるのも趣味です。彼は主にポータルサイト運営業務を担当して貰っています。」
と彼は次々と彼を取り巻く人間関係について私に教授した。そして最後にそのファイルとは別に自分の胸ポケットから取り出した顔写真は白人の女性の写真だった。そして彼は
「この女性は私が社長に就任してから初めて訪れたフリスコ(サンフランフリスコのアメリカ人の呼称)で会食したあるレストランで呼ばれたコンパニオンの女性で、私が在職中休暇等で唯一私と行動を共にした人です。名前をヴェロニカといい、ヒスパニックです。」
私は社長が一体何を言おうとしているのか俄かには判明しなかったので、彼に
「えっ、と仰いますと?」
と伺った。すると沢柳は
「つまり私の愛人です。」
と素っ気なくそう言ったので私は急に度肝を抜かれたような感じの表情で彼に
「愛人の前でまで私が替え玉になるって仰るんですか?」
すると悪びれもせずに沢柳は
「それくらいしなければ、あなたが本当の社長であるという風に世間は信用しないですからね。」
と言った。
「でもそれでも社長はいいんですか?」
と私が確認すると
「ええ、それくらいしなければ私は私が今まで立たされてきた立場から身を引いた時どんな心持でいられるかということを知ることは出来ませんからね。この際徹底してやった方がいいし、あなたにもやって貰わないと。敵を欺くにはまず味方からって言いますからね。」
と断言した。
私はその山荘で過ごした時間から、奇妙な仕事で多額の報酬を得ることで、それまで多少薄れかけていた世界そのものが、あるいは生活そのものが虚構めいて見えるという感覚を再び取り戻している自分に確かに気がついていた。世界は向こうから自分に語りかけてくる、「俺は造られたものだ。」と言いながら。そして世界が私を見つめる。「俺がお前を造ったのだ。しかしお前が俺を造りもするのだ。」そう言いながら。
 沢柳社長は次第に私へと社長のポストを譲り渡すために、私に対して社長の自覚を持たせるために言葉遣いをも私に敬意を表明するかの如く振舞った。そして自分はまるで退役する軍人ででもあるかのように謙って私に接した。まるで王室教育をする家庭教師のような雰囲気になっていた。そしてその態度から私は彼が本気で一年全く仕事を放棄して、私に託そうとしているのだな、と思った。そしてそれは本当にリタイアする気のように見えたが、私はそれ以上の真意をその時読み取ることは出来なかった。ただ多少愛人まで私に引き継がせる気でいることの真意に、ひょっとしたら別の愛人が出来たからではないかとも思いもしたが、それは勘違いかも知れないと思い直そうともした。そして写真で確認出来るものと現物とはまた多少異なることもある、実際彼女がどんな女性であるのか多少不安にもなった。そして沢柳は私にベッドでの会話の傾向から癖まで私に教授したし、自分の公になっている趣味についても教えてくれた。しかしそのことはある意味では彼が非常識な提案をする私にさえ隠している趣味もあるのだ、ということを暗に示してもいる気がした。そうである、このように私に一年間全てを委譲することが最も大きな趣味であると言えるからだ。
 全ての指南をし終わってから彼は私に色々と過去の自分の経歴を語った。それは苦労に苦労を重ねた末のアメリカでの起業だったのだ。しかも彼は大学も中退し、いきなり渡米して、向こうでネットビジネスのいろはを学んだと言う。
 そして沢柳は私に一月に一回は電話で指示すると言ったが、自分で経営してゆく自信が出てきたら、必ずしも自分の指示に従わなくてもよいとまで言い切った。その時私は彼がまさに本気で私にこの仕事を託して自分は違う生活を手中に収めることを考えているのだな、と思った。しかしある意味でそれまでの一年間はあくまで奇妙な依頼ではあるが、仕事は仕事だったと言える。しかしこれから社長が私に命じる(?)業務は替え玉という明らかに法的には逸脱する行為なのである。それを私も沢柳も承知の上でこうして私は社長の秘密の山荘において指示を受けてきたのだ。そう思うと、私は何度かその前日いたイタリアンレストランで彼から依頼内容を聞いた時から怖気のようなものが背筋にぞくっと走るのを感じ取っていた。前日の夜は興奮して眠れなかった。そしてそういう興奮をどこかで楽しんでいる自分を発見することもまた、一つの驚きだった。
 沢柳は私がいつから替え玉になればいいのかと尋ねるとすかさず
「明日からですよ。」
と言い放った。私は一応全ての指示と教示を終えた後、
「後はまた連絡して折々不明瞭なことに関しては色々お教え致しますので、今日は私がまたあなたを乗せたところまでお送り致しますので、車にお乗りになってお待ち下さい。」
と言う社長に言に従って、その山荘まで乗ってきた四駆に乗って社長がサングラスを再びかけて、さっきまでの服装を着替えてジャンパー姿になって室内から出てきたのを確認した時まで、私は社長には報告せず、勝手に社長の秘書の米国人サリー・フィッシャーにメールをした。勿論社長から既に室内で手渡されていた私用のノート型パソコンからである。社長は先ほど私に言っていたのだ。社用でサリーと離れている時彼女の誕生日ならメールで祝いの言葉を送ると。だからサリーの誕生日が今日であることを私は社長から見せられたファイルから気がついていて私は自分の判断で誕生祝のメッセージを送ったのだった。私はその時からすっかり沢柳になり代わり、社長の気分になっていた。
 私を山荘で乗せ沢柳は私を乗せたところで下ろした。車中では私はその山荘に来る時にも、帰りに沢柳が送ってくれた時にも私の方からは一言も発することはなかったし、社長もまた私に何か語ろうともしなかった。そして明日渡米するための飛行機のチケットを沢柳は私に手渡した。その成田発ロサンジェルス行きの飛行機は勿論ファーストクラスのもので日付は翌日になっていた。尤も沢柳は普段エコノミーを利用すると言っていた。予めインターネットか電話でチケットを予約していたのかも知れない。沢柳は私を下ろししな次のように言ってすぐ引き返した。
「すぐ慣れますよ。御健闘をお祈り致しております。また何かあったら連絡致します。」
 またあの山荘に戻るのだろうか?私は向こうから語ることを聞き入れる以外は一切こちらかは質問しなかった。それが替え玉の替え玉らしいマナーというものであろう。

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